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データ移行につき

〈55〉

 「それが真実かは知っているのだろう?」

 『真実?そんなもんは関係ねえ。外から来てるガキに愛を注ぐ親はいねえ。あたしからすりゃあ殺す理由に十分だろ?』

 そしてもう一度リサは宙空に発砲した。

 今度こそ狙いに通りの“大当たり(ジャックポット)”だった。

 「バカな……」

 『抜かすなよ。言ったろ、てめーのスッとろい思考じゃこれが限界だぜ』

 彼女は今しがた射止めた相手に分かりやすいように、相手から見て逆の方に紫煙を吐いた。煙はいずれ霧散するが、その前に射止めた者の方へと流れているのは目に見えて明らかだった。

 「探知機……だと…?」

 『くたばる前に教えてやる。二発無駄撃ちしたのはムカついたからじゃあねえぞ、この空間の距離を知るためだ。結果として空間は狭かった、声が届くくらいにな。あと姿を隠すときは位置がバレないようにダミーでも作って誤魔化すんだな。どうだ、高くついたが勉強になっただろ?』

 最後に一発、相手の頭部へ過たず発砲し、敵はいきたえた。

 『ちなみに魔族にも廃人にもなれない半端者もたまにいてな、そいつは“出来損ないの人形”として魔物になる。魔物になる前にうまく加工されると人造魔族(パラノイア)になれるんだぜ。てめーのようにな』

 いきたえた者のその姿は鵺じみていた。

 鵺というのは見る時見る場所見る者によって姿形の変わる存在。

 雷を自在に操る超常の力を持ち、人間の記憶を喰らうモノ。しかしてそれは決して強力無比な存在の証明でなく、誰かの皮を被(かむ)らねば個として生きることもままならない、妖魔として不完全な存在。

 『だが少しだけスッキリした。感謝する』

 リサにはいきたえたそれが、自分の母親の姿に見えていた。

 いつかこうしてやろうと頭の中に思い描きながら、今まで一度もこうなったことのない、高嶺の花。だが、所詮は花。摘み取ることのできる位置まで上り詰めたならその先はどうとでもできる。彼女はそれを疑いもしていない。

 実際、偽物とはいえ目の前に転がせている今は……。

 「私は位階をのぼりすぎた。神として呼ばれるようになった今、自らも人間であったというに、今や人の心はわからぬ」

 リサがここにきて見ていた物語(きおく)は、最初に聞いた部分を今過ぎていた。

 どのような物語があって母親が泣いていたか、知るよしもない。知りたくもない、というのが本音か。

 「いずれわたしもそうなるのでしょうか?」

 だが、現実は非情である。人造魔族の再生した記憶は物語が終わるまでは完全には終わらない。

 リサは、知りたくないくせに、視線を釘付けにされている。

 「貴女は違う。私のような存在(もの)は、いわば己が真理の探求者。それ以外をすべて棄てることで位階をのぼった……いいや、のぼらされたのかも知れぬな。私の求めは救いであって、位階をのぼることではない。しかし、今の位階なければ救いを行うこともままならない」

 カイギャク(ユーモア)の無い話で済まないと、男は言って自虐的な、しかし柔和な笑みを浮かべた。

 気品すら漂う整った出で立ちは、その手足を見ればどのような生を送ったか想像に難くない。

 『そもてめーとただの人間が立てる位置が違うんだろ。救いたい人間と同じように生きないで得た知識と経験が救うのは、てめーだけだ。てめーが言うように位階にすがらなけりゃあ何もできやしねー野郎の言葉だぜ、そりゃあよ』

 「そうですか」

 母親は男の言葉を理解できたのか、静かにうなずいた。

 「誤解なきよう。貴女の愛する人間と同じように生き、同じように世界の形を受け入れ、その真を探しなさい。貴女の存在は私が呼ばれるような神でなく、この世界の定義する妖魔として身をなしています。人間から離れたくなければ人間として生きるのです」

 「人を愛することをやめなくていいのですか?」

 神としての発言なら、偉大なる母としての慈愛があったかもしれない。だが、妖魔としての発言なのだから、否応なしにエロチックな意味であると知れた。リサからして、知りたくないことだが。

 『ババアが色気づきやがって……』

 「すいません、一寸(ちょっと)言っている意味がわからないですね」

 男はそうした次元から解放された存在になっているのだろう。おそらくは母親(トゥウエ)を救いたいと思ってここまで来たのかもしれないが、そうしたご立派な意思は挫かれつつあった。