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掌編「携帯電話を見る」と解説

せっかくなので、職場のUSBに置いてあってかつて書いた掌編を公開する。

解説があったほうが、面白いと今日は思っているので解説もする。

日本で暮らす会社員が独りでたたずんだ夢のあと異国の医師としての主観に陥る。

医師の生活が展開しながら、夢のなかでの不満が現れ、日本にまた戻っていく。

アフリカの治安はクッツェーやチュッオーラなどに影響を受けている。

途上国での国際援助を目的に大学生となったこともあり、今とは違う職についてはたして

俺は満たされるのかと感じて書いた。渇望しているものが充ちたらどうなんだろうと。

実は来月、その学科の同期会みたいなのに参加されることになった。大学時代は顔がそれなりに

広かった事もあり(己自体ではなく、己の所属しているものによる知名度から)活発な人達と会うのだとしたら、本音は後ろめたい。

いつのまにかリア充という言葉が消えたするが、いったいあれは何だったのだろう?

わめき散らしておいて、ふっと消えてしまうなんてはた迷惑な話だ。

世間の目から見る比較優劣を目の当たりにするからなのか。

この日記も消してしまいそうになるから、この辺でとめておこう。

改めて読み直して多々思った事あり、プロットを基にして修正をしてHPに公開できたらと思っている。

有難い事に、自分の本を委託して販売してくれるという書店から話が来ている。

HPはそれなりに思いの込めているものを載せたり、こそこそと気ままにやっているので、ふらっと立ち寄っていただけると幸い。プロフィールから観れると思う。

音楽の嗜好は、音楽を生命的なものと認識し、生命愛の一部としてみているのではないかと読んでいる本にあって納得した気がする。

タイトな時間の過ごし方だけでなく、ゆるやかな時間の過ごし方にも生きなければと思う最近である。

少し近況も書いたが、じゃあ掌編は下に載せておく。

読んで下さりありがとうございます。マイペースにこの時代に生きるものとして全うできればいいなと思う。

掌編「携帯電話を見ると」

 携帯電話を見ると、時間は22時だった。特に、メールの新着通知もない。今夜は何を食おうか、毎日ラーメンでは味が濃すぎて、舌が近頃の人みたいにおかしくなるぞと考えて、電車から降りると、お弁当屋で弁当を買っては、かえりみち、ついでに買ったおむすびを歩き食べしていた。

 食べ歩きとは、色々と散策しながら、その随所にある食べ物を食べることに目的がある。しかしながら、止まって食べ続けては、スムーズに事態が動かないため、次の食べ物を探すために歩くのである。と、一般には推測される。反して、私のしている行為は食べるが目的でなく、家までの歩きが目的なのである。しかし、家に着いて、ゆっくり食べるというと他の時間が奪われてしまうため、私は歩きながら食べるのである。夜道には、数人がちらほらと歩いている。彼らは私の姿を見ては、何も言わずとも、なにかくすくすと笑っているのかもしれない。そうならば、この行動はまるで、恥ずかしさを抑えるための修行のようだ。しかし、恥ずかしいという感情はなかなか克服できないので、確かに修行といっても恥ずかしいのである。だから、私はよく噛むことで、気持ちを咀嚼に集中するのであった。

 「ただいま」

 と家に着いて鍵を開けたら、外の冷気に比較して閉め切った部屋の空気があたたかくて、少しほっとした。冬は寒いからといっても、この部屋にはエアコンでしか暖房器具はなく、そして私はエアコンを信条上、使いたくない。当然、そんな自分のやることといえば、布団の中に籠って、「うー、寒い寒い」と我慢することなのである。これが取り分け寒い日だと本当にきつい。ただ、以前、もっと寒い地域で過ごしている友達と東京で遊ぶと、「こっちの寒さはそんなでもない」と言うので、我慢できるのではないかと期待するものの、やはりきついので、奇妙なものを感じてしまう。買ってきた弁当は翌朝食べるので、着替えて、早々に寝ることにした。

 明りを消しては、MDコンポから好きな曲を流して、そのリズムに導かれるまま、私は聴覚を生かしては、徐々に意識を落としていく。そうして、好きな音楽を聴いていると、現実の慌ただしさがいかに自然において不自然なのかわかってくる。このような音楽の磁場で生活したいとも思えてしまうのである。

 

眠りに落ちてしまうと、私は夢を見るのであった。それは現実に過ごす私とはまるで対照的な私なのであった。

 

「先生、次の人をお呼びしていいですか?」

 「はいよ、どうぞ」

 「どうぞお入りください」

 係の看護士が呼び、患者が私のテントの中に入ってくる。

 「はい、じゃあじっとしていて下さいね」

 私は次々と呼ばれる患者を前にして、用意されていたワクチンを注射する。患者の数は後を絶たないので、先に注射針の方がなくなってしまう。

「もうできないや。残念だけど、待っている人に伝えに行きます」

 「私も行きますよ」

 「いや、いいよ。あなたは私についてきてくれたのだから、ただ、いつやってもこの戸締りは嫌な気持ちになるね」

 私は、テントの外に出て、そこで待って並んでいる人達に伝えた。

 「すいません、並んで下さって待たせてしまって本当に申し訳ないですが、今日の分は終わってしまったのです。また、翌日来てください。ごめんなさい」

 そう言うと、並んでいた患者たちは散りぢりになっていくのであるが、その瞬間に見る彼ら一人一人の目が私の無能さを示していた。それでも、この国の人達は日本人に親切にしてくれる。それは、日本がこの国に干渉をしなかった故かもしれない。アジアに行ってしまえば、そこから見える日本人への眼差しはとても恐ろしくて、どちらにしても私は何も行動すらしていないのに、国が国に対して侵略をしたかしないかだけで、現実には恨みが市井の人々に積もっていっている。人助けをするなかで、身の危険を考えるなら、やはりアフリカがよい目的地であったと、私は謝りのお辞儀をしたあとに、少なからず思ったのであった。

 「子供たちも寂しがるだろう。先に帰って行っていいよ」

 「わかったけど、そっちも早く帰ってね。夕飯支度するから」

 「うん、有難う」

 妻が先にあがると、私は明日のワクチンや注射針を貰うために、ボランティアセンターの受付に行くのであった。

 「こんばんは」

 「あ、どうも。いつもお疲れ様です」

 「いえいえ、皆さんが援助してくれるからできるのですよ」

 そう言って、私は受付に、今日の対応人数を記録し、翌日分の備品と薬をもらって、荷台に置くのであった。

 「身体、大丈夫ですか?」

と受付の人が聞いてきたので、

 「だとは思います。この仕事は期待がある分、なお休めないですが」

と私は答えて、テントのなかで、明日の準備をしてから、またテントを出た。

 車で家へと向かう中、暗い道でも、なにか野生動物が通りかかってひき殺してしまうのではないかと私はゆっくり走っていた。このくらいの道幅と車の量であれば、事故も少なくないのだろう。もっとも、車を持つ人が増えていないからであるのだが。

 

 「おかえりなさい」

 「やあ、帰ったよ」

 「あ、お帰り」

 「お帰りー」

 そう言って、子供たちが私の膝に集まって抱きついていた。

 「どうだ、今日は学校で何をやったんだい?」

 「今日はね、算数の九九をね、やったよ」

と上の子が言い、

 「僕はね、マルクスの本を読んだよ」

と下の子が言ったので、

 「そうかそうか。ちゃんと勉強しているんだな」

 私は子供が自分の意思や向上心を持って、何かに取り組んでいるだけでそれで満足であった。

 「さあ、お祈りをしよう」

 そうして、食事前にはこの国に従って、宗教に習ったお祈りをしていた。傍に子供たちが願っていることで、私は宗教の欺瞞を感じても、子供に向かって気を紛らわすことができていた。

 「知ってる?モダイさんのとこ?」

 「ああ、強盗が入ったんだっけ。それだけは日本に比べて、物騒さがますところだよな。この国が憂いを抱いている証に過ぎないか」

 「なに?憂いってなに?」

 「おまえ、憂いってのは、嘆かないといけない気持ちだよ」

 上の子の質問に下の子が答えてくれている。

 「じゃあ、嘆きってなにかわかるか?」

 「え・・嘆きってなんだろ?」

 と下の子はうなってしまったので、

 「ことがうまくいかないで、叫びたい気持ちなのかな」

と私が言い、

 「ああそっか。そっか」

 「にゃはは」

と上の子が笑うことで、一家の団欒がうまくいっているように感じる。

 子供たちは、眠りについて、母親が子供一人一人の眠る姿を見て、そっと頬を寄せる。私たちはそれから、寝床に入る。

 「この生活はいやではないか?」

 「どうしてそんなことを聞くの?」

 妻が目を閉じたまま聞いてくる。

 「いや、俺が君をここへ連れてきたのに、俺はまだなにか満たされないような気がするからかな」

 「それは一人で、背負い込みすぎなのよ。私は、あなたと子供たちと一緒に過ごすことができれば、場所はどこでもいいのよ」

 「君は、俺が実はもっと浅ましい奴だとしても、ついてくる気がするな」

 「そうね。あなたを信じているのかもしれない」

 「そうか」

 

翌朝、目ざまし時計のアラームに起こされた。机の上を霞んだ目で見ると、冷めた弁当が置かれている。電子レンジを買わなかったので、私はそのまま食べた。冷めても、食べられる味であった。テレビもつけないで、もぐもぐしているなかで、今朝体験した夢のことを考えていた。あそこにいたのは、私がイメージする中の願望だったのかと、ふと考える。でも、目が覚めてしまうとアフリカで過ごしている妻や子供達の顔は思い出せない。それに、今の私の生活もあの一日のように慌ただしい。

そして、夢の中でも、抱え込んでいた。どうしてもうまくいかないことが、今も、幻想でも待ち構えている。唯一、私を共通視できるのは、担っている役目を取りこぼしのないように対応していくことなのであった。

朝の通勤電車には人で混み合い、上着のかさばりで、より暑く感じた。今の孤独と反して、もしここにいる人が皆知りあいで、話しかけるのだったらどうだろう?私は考えてみた。そうやって、一人の時間を確保できないのも、余計に寂しいものだなとほどよい高さに合う車両内の広告を見ては思うのであった。